以下に章単位の目次を書いておきましょう。
序章 投資に対する間違った思い込みを捨てよう
第1章 投資前におさえておく18のポイント
第2章 国内で買える海外ファンドでも「国際分散投資」は可能
第3章 海外でしか買えない優れた「海外ファンド」
第4章 海外投資で目指そう1億円
第5章 海外で運用するメリット・デメリット
第6章 資産家のための銀行「プライベートバンク」とは
目次を見るだけでも、ある程度内容について見当がつきます。
第2章は国内で海外ファンドを買う話で、第3〜5章では海外で海外ファンドを買おうという話になります。このあたり、著者のスタンスがはっきりしていないかのような印象を与えます。
本書を読みながら、乙はいろいろと違和感を感じたところがあります。以下、それを書いておきましょう。
pp.52-53 「日本の金融機関の弱みA 見劣りする「商品開発力」」という題名が付いています。ここで書かれていることは、日本の投資信託をけなしつつ、海外のヘッジファンドを評価する内容です。そして、投資信託の固定的な手数料収入ではなく、成功報酬制のほうが投資家の側に立っているので望ましいと主張しています。しかし、乙の経験では、成功報酬制はかなり報酬の比率が高く、かつ、固定的な手数料と組み合わされている場合が多いので、両者を合わせれば、結局金融機関側に相当の額を支払ってしまう形になります。
pp.56-57 個人投資家と「その道のプロ」では、流通する情報が違うので、個人投資家は太刀打ちできない(プロの運用のほうが優れている)ということを主張しています。この話は本当に正しいのでしょうか。だとしたら、平均的にはアクティブ・ファンドがインデックス・ファンドに負けることをどう説明するのでしょうか。ヘッジファンドだって、インデックス・ファンドに勝てるとは限りません。著者はここでデータを示さずに一方的に主張しています。しかし、乙は著者の主張は疑わしいと思いました。
p.71 投資信託と銀行の預貯金を比較し、銀行は預入金利と貸出金利の間でサヤを抜いて利益を上げているが、どのくらいの利益なのかは預金者にはわからないのに対し、投資信託は手数料を明示しているので、ずっと透明性が高い(したがって公平である)と述べています。しかし、この比較も安易です。投資信託はリスク(価格の変動)が大きいのに、預貯金のリスク(元本が毀損する可能性)はごく小さいわけです。このことに触れずに比較しても意味がありません。預貯金は、銀行側の利益は不明だけれども、預金者に利率を事前に明示しています。投資信託は、利率を明示することはできません。この点からは、預貯金のほうが透明性が高いという議論も可能なのではないでしょうか。
p.88 海外でファンドを買おうという話です。本文中にいきなり「ICG」というのが出てきて、意味がわからなくなり、面食らいます。奥付を見ると、著者の沢井氏はICGインベストメント(アジア)代表取締役とあります。何と、香港にある自分の会社だったのですね。それは沢井氏にとっては当たり前のことで、説明なしで出してもわかりすぎる話でしょうが、読者はそうではありません。ICGなんて、聞いたことないという人が大半でしょう。そういう人向けの記述としては不備だと思います。
pp.92-93 では、香港の業者を WWW でチェックする方法を述べています。しかし、それは「ICG」を指定して登録情報を見るだけの話です。WWW でICGの検索方法を述べてもしかたがありません。それではICGの URL を示すこととあまり違いません。読者としては、香港にどういう登録業者がいるのかを知りたいのです。その大部分が調べられるようなやり方を書くべきでした。そうすると、読者は必ずしもICGにアクセスするとは限らなくなります。しかし、本当にICGが仲介業者として優れているならば、あちこちの業者を比較した結果、やっぱりICGが選ばれるでしょう。それが香港流の競争社会の常道というものです。今の書き方では、本書がICGのパンフレットだと言われかねません。
pp.110-111 では、ポートフォリオ作成例の一つとして「外貨預金」を挙げています。乙は驚きました。pp.112-113 では、外貨預金とゴールドを含むポートフォリオを例示しています。どんなポートフォリオを組んでも、それはお好みでどうぞというわけですが、普通は、外貨預金よりは外貨 MMF のほうを選ぶものでしょう。この点は以前に乙のブログでも書きましたが、
2006.9.21 http://otsu.seesaa.net/article/24103836.html
投資の常識だと思います。沢井氏は、「外貨預金」ということで、海外の銀行に預けることを想定しているのかもしれません。しかし、それでも、国内の銀行の外貨預金よりも有利かというと、そんなでもないように思います。
p.113 では、米ドル建て定期預金をする際に「為替相場を見ながら1年かけて米ドルに変換」と書いてあります。これはどういう意味なのでしょうか。p.123 では、「為替相場を見通せる人はまずいない」と書いています。乙は、両者は矛盾するように思います。
本書では、大量の図表が示されます。基本的に見開き2ページを一つの単位にして説明していくというスタイルです。そこで、見開きに図表をあしらって、わかりやすくしたということでしょう。しかし、図表の中に書かれている内容は本文と同じようなことが多く、新しい情報が書かれているケースは少ないと思いました。つまり、本書は図表部分が冗長なのです。必要な図表を示すことはいいことですが、本書では無理矢理図表を増やしたように見えます。
乙は、海外投資の本として読んだのですが、本書は全体としてバランスが悪いと思います。著者のスタンスがはっきりしないという感覚は、そこから来ているのではないでしょうか。pp.140-141 で投資資金1億円の場合のポートフォリオの例を挙げるなど、意欲的な部分もあるのですが、ポートフォリオは万人に当てはまるわけではなく、あくまで例に過ぎません。大切なのは投資方針であり、自分の投資方針をどう考えるかということです。
本書は、ICGを通じた海外投資に読者を勧誘しているような感じに読めてしかたがありません。だったら、宣伝パンフレットをきちんと作るほうがいいのではないでしょうか。もっとも、そんなことをすると、香港の業者が日本国内で営業している形になり、金融庁あたりからおとがめがあるのでしょうが。だからといって、本でこんなことを書いていいのでしょうか。
最後になって気になりましたが、題名が「円・ドル・ユーロで1億円をつくる私の方法」というのもどうでしょうか。「円・ドル・ユーロで1億円をつくった私の方法」のほうがいいのではありませんか。「つくる」というと、これからの話(未来形)で、「つくった」ならば経験談(過去形)になります。「これから作るぞ」という話ならば、誰でもできます。乙だって、そう宣言する気になれば、本が1冊書けます。しかし、それでは意味がありません。「実際作った」という話ならば、耳を傾けてもいいかもしれません。いや、それだって、ある個人の経験した偶然の話(宝くじに当たった話!)かもしれないので、誰にでも当てはまる方法とはいえないはずですが。
乙は、本書を他人に薦める気にはなりませんでした。