『となりの億万長者』
2008.11.9 http://otsu.seesaa.net/article/109300763.html
を読んだとき、これがアメリカの億万長者を対象にした本だったので、日本のお金持ちを対象にした研究はないかと思っていたところ、ブログの読者の人から教えてもらった本です。
この本は、日本の高額納税者を対象にしてアンケート調査を行った結果を載せています。ここでいう高額納税者とは、p.4 に定義されていますが、国税庁『全国高額納税者名簿』に記載されている年間納税額 3000 万円以上(年収約1億円以上)のうち、2年間にわたって名簿に載った人です。約 6000 人いたそうです。アンケートの回収率は p.5 にあるように、8%(回答者数 465 人)ですから、この種の調査としてはかなり低いほうだと思います。通信調査では、20% くらいの回収率が普通ではないでしょうか。ということは、回答者は、かなり偏っていると思われます。つまり、自分の資産総額をはじめ、ライフスタイルなどを外に知られてもいいと考えた一部の人(積極派とでもいえましょうか)の回答ということになります。
さて、本書の記述は『となりの億万長者』とはだいぶ違います。たとえば、p.9 では、金持ちとは企業家と医師だとしています。p.20 では、お金持ちの住んでいるところを調べていますが、高級住宅地ということになっています。p.166 では、乗っているクルマについて調査していますが、セルシオやベンツが多いということです。なぜこんなに違うのか、初めは「日米の違いか?」などと思ったのですが、後から考えてみると、対象者がずれていることに気が付きました。本書では、「お金持ち」とは年収1億円が2年にわたって続いている人です。このくらいの収入が継続的にあるならば、資産総額は5億円以上あるのではないでしょうか。『となりの億万長者』では、資産1億円以上の人々を調査しています。つまり、アメリカのほうが「億万長者」と呼ぶ基準がやや低いのです。だから、安い中古車を乗り回し、高級住宅地でないところに住んでいる人が多いという結果になったのではないでしょうか。いわば「プチ金持ち」です。本書では、それよりもずっと高所得の人を調査しているわけで、同じ視線で比較してはいけないと思います。やはり、同じ著者(たち)が国際比較を視野に入れて同じ基準で調査しないと、比べられるようなものはできないということでしょう。
第1章は医師を、第2章は弁護士を、第3章は経営者を取り上げ、その現状を記述しています。第4章は「日本の上流階級」で、歴史的な経緯なども述べています。乙は、この本がアンケート調査に基づいて書かれた本だと思っていましたので、このあたりの記述には違和感がありました。アンケートの話がほとんど出てこないのです。アンケートの話は、第5章以降の後半にたっぷりと出てきますが、初めはまるでだまされたかのように感じてしまいました。
乙がおもしろく読んだところとしては、第3章(p.70)で、戦前の経営者像を学歴などと絡めて描いたところです。日本のあり方を形作ってきた人々ですから、ちょうど、日本史の本を読んでいるような気がしました。
また、後半部は、アンケートの結果に基づいて書かれており、こちらにはいろいろおもしろい記述がありました。
p.159 では、「長期休暇の活動」を尋ねていますが、若い人は「旅行」、高齢者は「仕事」です。p.162 お金持ちが望む「将来の活動」でも、年齢差が大きく、若い人は「旅行」なのですが、高齢になると「社会活動」を挙げる人が多いというのはおもしろいです。「仕事」といっても、お金持ちの場合は単純な労働ではありませんから、普通の人の考える「仕事」とは内容が違うとは思いますが、興味深い結果です。
p.178 から、所得税の累進度を高くする(高所得者を高税率にする)と、高所得者の労働供給と貯蓄意欲にマイナスとなるかを議論しています。アメリカの研究では、マイナスとならない(無関係)という話ですが、日本ではデータがないというのです。こんなところに日本の弱点が隠されていたのですね。大事な研究なのに、抜け落ちているわけです。
小さな欠点ですが、p.209 の表 7-7 のタイトルに「消費税」が入っていないのは問題です。本文を読めば誤読はしないのですが、……。
第8章「結論」は、内容の要約になっています。時間がない人は、ここだけサッと読んで、おもしろいと思ったところには、くわしい記述にあたってみるという読み方でもいいだろうと思います。
本書は、お金持ちがどんなことを考えているのかを十分記述しています。乙には縁遠い世界ですが、お金持ちは日本の行く末に有形無形の影響を及ぼしますから、日本の今後を考える上で、一つの視点を提供してくれる本だと思いました。良書です。奥付のところの紹介によれば、著者2人とも研究者ですが、いかにも研究者らしい書き方です。
乙が読んだのは、図書館で借りたハードカバーでしたが、今は文庫版で出ているとのことなので、手軽に読めそうです。