乙が驚いた話です。
投資信託を選ぶ際に、基準価格が高いものを選んでみては、と勧める人がいるのです。
元の記事は
http://moneyzine.jp/article/detail/133759です。著者は、福永博之氏です。
福永氏は
http://moneyzine.jp/author/9/によれば、「株式会社インベストラスト代表取締役。IFTA国際検定テクニカルアナリスト。勧角証券(現みずほインベスターズ証券)を経て、DLJdirectSFG証券(現楽天証券)に入社。マーケティングマネジャー、投資情報室長、同社経済研究所チーフストラテジストを歴任。【中略】現在、投資教育サイト「アイトラスト」の総監修とセミナー講師を務めるほか、早稲田大学オープンカレッジで非常勤講師も務める。」だそうです。こういう経歴から見て、投資の専門家と言っていいでしょう。そういう人がこんなミスリーディングな記事を書いていいのでしょうか。
なぜ、基準価格が高い投資信託を買うといいのかというと、福永氏の上述の記事によれば、「このようにして見てみると、基準価格が高く、一見割高と思われる投資信託であっても、当初募集時の価格にあたる基準価格1万円を上回っている時価総額が大きな投資信託は、これまでの成果と今後の機動的な運用に対する期待値とを合わせると、相当価値が高いと考えられるのではないでしょうか。」だそうです。
そして、「1万円の基準価格を上回っている国際株式型の投資信託」として、具体的に以下の8種類を挙げ、
1. フィデリティ・チャイナ・フォーカス・OP
2. フィデリティ・アジア株・ファンド
3. JFチャイナ・アクティブ・オープン
4. 野村中国株ファンド Bコース
5. ワールド・ゲノムテクノロジーOP Aコース
6. ワールド・ゲノムテクノロジーOP Bコース
7. 野村チャイナオープン
8. 野村中国株ファンド Aコース
「これらの銘柄はすべて、1月末現在、基準価格が1万円を上回っており、繰り返しになりますが、未曾有の金融危機と呼ばれ、世界各国の株価が下落している中で設定当初の基準価格以上をキープしており、優秀なファンドと言えるのではないでしょうか。」と述べています。
では、この8種類の投資信託は優秀であり、これらを購入していいのでしょうか。乙はそうは思いません。むしろ、福永氏の考え方は間違いであり、投資家を変な方向に誘導してしまうものだと思います。
以下、乙の考え方を述べます。
(1)基準価格は、投信の購入時・売却時の計算に使う数値に過ぎず、高くても安くても、実質的に意味のちがいはない。
投信の基準価格は1万口=1万円としてスタートします。最初の募集時に10万円で購入すると、10万口買えます。その後、基準価格が2万円になると、10万円で買えるのは5万口となります。また、基準価格が5千円になると、10万円で買えるのは20万口になります。
このように、投信の基準価格は、買う時期によって購入者が有利/不利にならないように、そのときの時価評価に合わせて購入口数を調整します。このときに用いる数値が基準価格です。
ですから、基準価格が2万円の投信があれば、「当初購入した人が購入分の資金を2倍に増やした」ことは事実ですが、それだけであって、その投信の購入者がみんな資金を2倍に増やしたわけでも何でもありません。新たに購入する人は2万円を基準に口数が決まるだけです。
仮に、新規に募集して、1億円でスタートした投信があったとしましょう。(以下、信託報酬などの手数料は考えないものとします。)あっという間に資金を2倍に増やし、基準価格が2万円になりました。運用資産は2億円になったわけです。それを見て、資金が流入し、100億円が集まったとしましょう。当初の購入者は、十分儲かったとして、2億円分を解約します。その後、この投信は長く低迷を続け、資産総額100億円が60億円まで下がってしまいました。基準価格は2万円から 12,000 円になってしまいました。つまり、この投信を購入した人の大部分は、4割の損失を出したのですが、ごく少数の当初からの保有者だけは大儲けしていい時期に売り逃げたことになります。これで、この投信は「基準価格が1万円を越えているから優秀だ」といえるのでしょうか。今この投信を保有している人は全員が4割の含み損を抱えているのです。もしも、当初からずっと保有している人がいれば、1万円が 12,000 円に増えているという意味では含み益があることになりますが、そんな人はいたとしてもごくわずかです。
投信の基準価格がいくらであろうと、それはその投信の今後を占うものでも何でもありません。
(2)最初の設定時がいつだったかを無視して、多数の投信について現在の基準価格を相互に比較しても意味はない。
株価が低迷しているときに設定された投信は、その後、市場平均よりも運用が下手でも、基準価格が上がることは十分あり得ます。株価が高騰しているときに設定された投信は、その後、市場平均よりも運用が上手でも、基準価格が下がってしまうことも普通にあります。株式投信の運用のうまさは、市場平均をベンチマークとして、それとの相対的な上下で評価するべきです。
設定された時期が違う各種投信を、現在の基準価格で比べても、何の意味もありません。それらを比べる場合は、「同じ期間」を基準にするべきです。同じ期間の基準価格の上下の割合を比べれば、正しい比較になります。(言うまでもありませんが、いくらという価格の「変動幅」ではなく、「比率」です。)
福永氏が挙げた投信の最初の設定時を調べると、以下のようになります。
1. フィデリティ・チャイナ・フォーカス・OP 2004.10.20
2. フィデリティ・アジア株・ファンド 1998.12.1
3. JFチャイナ・アクティブ・オープン 2004.1.16
4. 野村中国株ファンド Bコース 2002.1.30
5. ワールド・ゲノムテクノロジーOP Aコース 2003.11.19
6. ワールド・ゲノムテクノロジーOP Bコース 2003.11.19
7. 野村チャイナオープン 1994.10.14
8. 野村中国株ファンド Aコース 2002.1.30
というわけで、これらの投信の成績を現在時点(あるいは過去のどの時点か)で比べても、意味はありません。全ての投信が共通して運用されていた 2004.10.20 から以降について比べるならば意味があります。
福永氏のように、ある時点のすべての投信の中から、「基準価格が1万円を超えるもの」を選び出したとしても、それは無意味です。
(3)分配金が考慮されていない
投信の場合は分配金があります。分配金を出せば、その分基準価格が下がります。分配金を多めに出す投信と分配金を出さない投信を比べれば、後者のほうが基準価格が高くなります。
多くの投信を相互に比較する場合は、したがって、分配金込みの基準価格(分配金を出さなかったとみなしたときの基準価格)で比べるべきです。普通、基準価格といえば、分配金を出した後の価格をいいます。
福永氏はこの点に言及しておらず、福永氏の記事を読んで単純に信じた投資家に誤解を与えます。
以上述べてきたように、基準価格がいくらかということを基準にして購入するべき投信を選ぶというのは間違った考え方だと思います。基準価格は無視して、それ以外のもろもろを考えて購入する投信を選ぶべきです。