半年前の本ですが、ギリシャの危機のことがまったく触れられていないので、果たして、今の世界に当てはまるのか、問題を感じました。
これは、いうまでもなく、著者の大前氏の問題ではなく、ギリシャの経済状況の隠蔽工作が問題なのですが、とはいえ、本書の読後感として、後味の悪さを感じてしまいました。
大前氏は、ヨーロッパが EU として一体化することで、巨大な「国家」が成立することになるのだとしています。そして、それがどんなことに影響を与えるのか、さまざまな面を取り上げて順次述べていきます。世界情勢に明るい大前氏ならではの記述で、全体としてはおもしろいと思いました。
本書中の指摘で乙がおもしろいと思ったことをいくつか書いておきましょう。
p.32 あたりでは、小国を EU に加盟させるメリットについて述べています。もちろん、加盟する側は、補助金がもらえて、ユーロが使えて、大国の後ろ盾があるのと同じことですから、メリットがあるのは当然です。むしろ、すでに加盟している大国(ドイツやフランス)にもメリットがあるという指摘がおもしろい点です。経済発展途上の国々を EU に加盟させることで、EU 企業は中国と同程度のコストでヨーロッパ内で工業生産できるということです。さすがに、外交関連は、したたかにいろいろと考えてあるものですね。確かに既存の EU 諸国にとってメリットがなければ、申請があっても新しく加盟を認める必要はないわけですから、当然といえば当然の論理です。
p.58 あたりでは、EU に加盟することがコソボを初めとする各種紛争解決の切り札になると述べています。こういう斬新な発想がおもしろいところです。すごいメリットがあるものですね。
p.98 では、ユーロとドルが合体する(ユーロがドルを飲み込む)話を書いています。こうなると、他の通貨は決済には不要となりそうだとのことです。それはそうでしょう。しかし、こういう世界の巨大通貨が誕生するかどうかは不透明です。
p.230 あたりでは、ロシアの天然ガスと石油を EU 諸国が輸入している話が出てきます。EU は、サウジアラビアではなくて、むしろロシアに依存していたのですね。気がつきませんでした。
さて、ギリシャの経済危機の話です。これはユーロという通貨に対しても大きな影響を与えました。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3468
のようにユーロは前提が崩れたとする意見もあるくらいです。
では、この問題に対して、大前氏は今どう考えているのでしょうか。
http://www.ohmae.ac.jp/ex/kabu/magmail/index146.html
では、ギリシャ危機はEU全体の危機になったとしています。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100517/226255/
では、ギリシャの財政破綻の原因が前政権のバラマキ政策にあったとして、むしろ日本が危ないとしています。
こういう言説を読むと、大前氏は現在の EU に対して、必ずしも明るい未来を考えているわけではないようです。
本書を読んでいると、「EU はすごいなあ」的な感想を持つのですが、それがたった半年で大きく変わってしまいました。「EU はこれからどうなるのか、心配だ」という、いわば正反対の見方です。
EU の持つさまざまな利点が、ギリシャの経済危機というたった一つの事件ですべてひっくり返ってしまうのでしょうか。
乙は、本を書くことのむずかしさを感じてしまいました。