本書の内容をひとことでいえば、「公務員はこんなに優遇されている」ということを縷々述べたものです。
著者自身の経験と、いろいろな新聞記事などから事実を集めていますので、書いてある内容はウソではないのでしょう。しかし、ここに書かれていることがどのくらい多いのか、それはわかりません。事件性のあるものを取り上げて面白おかしく書いているように思います。
乙も、ずっと公務員(国家公務員→地方公務員)だったので、自分の周辺を見渡して感じましたが、確かに、一部に暇な人がいる(いた)のは事実です。しかし、多くの人はまじめに勤務しており、ごく一部の人を取り上げてルポ風に描いても、それでは全体を見たことにはならないと思います。
そんなに公務員が楽で給料をたくさんもらうならば、学生の新卒者などでもっともっと公務員人気が上がりそうなものです。現実はさほどでもなく、適当なところで折り合っています。ということは、本書では触れていない「公務員のマイナス面」もあるのではないでしょうか。
たとえば、公務員宿舎ですが、本書中(p.122 以降)では便利なところに格安家賃で住めると書いてあります。しかし、乙自身の経験(ずいぶん前ですが)では、結婚後、公務員住宅に申し込もうとしても、遠くて狭くて不便なものしかなかったと記憶しています。乙のいたセクションは、手持ちの公務員宿舎があまりなかったのかもしれませんが。
というわけで、例外的なものだけを書いても説得力はないと思います。全体的なところ、平均的なところを書かなければなりません。しかし、それでは、記述内容が平凡になり、おもしろい本は書けないでしょう。そう、公務員の実態は「平凡」なのです。大多数はそれに収まっているように思います。
本書は、例外的なできごとをもっともらしく書いているだけのように思えました。
著者の若林亜紀氏は1965年生まれということですから、本書刊行時で43歳です。この年齢では、社会的な経験もいろいろお持ちでしょうから、本書のようなものを書く場合、「では、今後どうしたらいいのか、どうすればそれが可能になるのか」を書いてほしかったと思います。たとえば、年度末を目指して予算を使い切る話は公務員の場合は広く行われていますが、もしも、これをなくそうとする場合、どうしたらいいでしょうか。現状では、一つのセクション(サイズは何でもいいですが)だけが「予算を余らせる」ことはできないと思われます。そんなことをしたら、他のセクションから「あそこは予算を余らせた、つまり、当初予算が多すぎたのだ。だから次年度から予算を減らすべきだ」という声が上がるでしょう。どうしたらこういう声が上がらずに、公平に予算を使っていくことができるかが問題です。「翌年度繰越」も、同様の意味でむずかしいものだと思います。
「予算を使い残したら、翌年度給与アップ」などという奥の手も、よく考えてみると、うまく運営していけるのか、大いに疑問です。これらはあくまで一例ですが、若林氏なら、この問題にどういう回答を出すのでしょうか。
本書には、こういう視点が欠けており、乙としてはかなり不満に感じました。
乙が気になった記述に、次のようなものがあります。p.213 です。
厚生労働省の調査によれば、05年、メンタルヘルス上の理由で休業した労働者がいる企業は、3.3パーセントにすぎませんでした。ただし、従業員100人以上の企業では16パーセント、500人以上で66パーセント、1000人以上では82パーセントと、大企業ほど率が高くなっています。大企業ほどストレスが溜まるというより、大企業ほど制度が整って交代要員もあり、休業しやすいのだと思われます。
若林氏は、何の疑いもなく上のように述べています。しかし、従業員数が多くなれば、その中にメンタルヘルス上の問題点のある従業員がいる確率は高くなるに決まっています。
たとえば、従業員100人の企業の16%が休業者ありだとしましょうか。すると、従業員500人の企業では、従業員100人の企業が5倍集まったものと同じことになりますから、休業者がいる確率は 1-0.84**5=0.582 となります。約58%になるわけです。従業員1000人の企業では、同様の計算をすると、1-0.84**10=0.825 で、約82%です。厚生労働省の調査は従業員数を適宜区分して調査していますから、そんなに簡単な話ではありませんが、少なくとも、一定の比率で休業者がいるならば、大企業ほど「休業者が一人でもいる確率」は高くなるものです。
こんな簡単な計算をせずに(誤解して)記述しているようでは、本書全体が信頼性を失うように感じられます。