内容は、タイトルを読めばわかりそうなものです。日本を「運用立国」にしようということです。
第1章「欧米式の金融センターは、日本になじまない」では、東京をウィンブルドンにしてはダメだと説きます。日本の金融機関は、間接金融でやってきただけなので、海外の金融機関を誘致するようなことをすれば、日本の金融機関の多数が廃業か下請けになってしまうというわけです。
第2章「栄光の間接金融、いまや足カセ」では、国内に資本が蓄積したので、間接金融は危険だと説きます。
第3章「日本には、リスクマネーが存在しない」では、海外のリスクマネーのあり方を述べ、そのようなものが日本にはどこにもないことを述べます。今は、金融マンがリスクを取る番なのに、そうしようとしていないというわけです。
第4章「運用立国を目指す戦略の皮算用」では、日本が有する膨大な資金を投資に向けようと誘っています。預貯金をやめて運用に向かおうということです。
p.106 に貯蓄率のグラフが出てきます(最近は貯蓄率が下がっています)が、ここで貯蓄率とは何かが説明されず、p.108 で説明されます。ちょっと「あれっ」です。
p.135 では、個人マネーが投資に動いていくと、「先行した人々の成功体験が、身近なところで見えるようになってきたら、あっという間に日本中で「やはり長期投資しよう」の雪崩れ現象となるだろう。」としています。ここは乙が違和感を感じたところです。長期投資では、なかなか成功体験を持つことができません。なぜならば「長期」だからです。退職したころになって、やっと成功体験が持てるようになります。だから、身近に成功体験を持つ人がゴロゴロいるようなことにはなりません。さらに、仮に成功しても、本当の金持ちは質素に暮らすだろうと思います。この点については、『となりの億万長者』
2008.11.9 http://otsu.seesaa.net/article/109300763.html
を参照してください。したがって、ますます、成功体験は見えません。
第5章「東京証券取引所を、世界最大の株式市場に復活させる」では、東証を長期運用の中心に据え、世界中の企業が東証に上場するような方策をとるべきだと説きます。日本の中だけで国際分散投資ができてしまうというわけです。話としてはおもしろいのですが、では、具体的にどうするか、そこがむずかしいのです。答えは第6章です。
第6章は「個人マネーを長期の株式投資に誘導する起爆剤としては、「国民ファンド」を設定するとおもしろい」です。国民ファンドという大規模なファンドの構想を描きます。国とか、民営化前の郵便局とかの信用力の高いところが設定するものです。ただし、その運用については、自ら運用するのでなく、国内外の投信会社に公募ファンドを日本国内で設定させ、それらに資金を配分し、運用コンペを行いながら、成績のいいところに資金を多く割り当てていくという構想です。運用コンペは日本株の現物買いのみで行うのだそうです。乙は、ここにも違和感を感じました。澤上氏の流儀で、株の運用には自信があるということなんでしょうが、インデックスファンドとアクティブファンドの競争をすれば、平均的にはインデックスファンドが勝つのではないでしょうか。すると、澤上氏の構想は意味を持たなくなってしまいます。運用コンペをするよりは、全額をインデックスファンドに投資するほうがいいということになりそうですから、何も「国民ファンド」などを立ち上げなくても、今でも十分に可能になっています。ただ、個人の資金がそちらに向かわないだけです。
第7章「世界の長期運用が下手になっている」では、長期投資が下手になったから、ヘッジファンドに逃げたりオフショア市場が発展したりしたのだと説きます。年金運用なども短視野化しているというわけです。しかし、ここがアクティブ運用の出番だとしています。
第8章「草の根ベースで、運用立国への歩みは着々と進んでいる」で、最近日本で始まった「おらが町投信」を取り上げ、今後の投信のモデルになるとしています。
本書がさわかみファンドの宣伝になっているわけではない点は評価したいと思います。もっと大きなスタンスで運用を考えていることが伝わってきます。
しかし、本書は、澤上氏の持論を展開するもので、主張は書いてありますが、それを裏付けるデータが示されるわけではないので、全体に迫力(説得力)がありません。乙は、書いてあることをそのまま鵜呑みにすることはできないように感じました。268 ページもの分量があるのですから、自分の主張の裏付けになるような数字(データ)を出すようにしたほうがいいのではないでしょうか。
1冊読んだ割には、読んだ実感が伴わない(中身が薄い)ように思いました。こんなことを申し上げては、澤上氏に申し訳ないですかね。
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