タイトルに引かれて読んでみました。
著者の言う「海外分散投資」は、海外ファンドに投資しようということで、普通にいわれている「分散投資」とは意味がちがうので、要注意です。
結果的に言うと、本書を読みながら、乙はいろいろと問題点を感じてしまいました。
p.29 「日本でも10分の1のデノミを実施すれば、財政は楽になるでしょうね。」とあります。デノミは通貨の呼称単位を切り下げるだけで、借金を減らすわけではありません。借金が 1/10 になると考えるならば、収入も 1/10 になるわけで、本質的にはデノミの前後で通貨の価値が変わるわけではなく、財政が楽になることはありません。
p.38 「重要なことは、この「リスク」を、うまくコントロールできるかどうかなのです。」とあります。しかし、本書では「リスクをコントロールする」とは具体的にどうすることなのか、一切説明がありません。
この問題は、しばしば投資に関連する本で出てくる問題点です。中原圭介『サブプライム後の新資産運用』
2008.12.16 http://otsu.seesaa.net/article/111299756.html
でも、無定義で使われていました。
著者にとっては、あまりにも当たり前の言い方なのでしょうが、乙は、今ひとつ、わからないことばです。
p.59 運用ルールを明確に持つことが大事だと述べた後で「そうしたルールの中で最も大切なのが、ロスカット(損切り)のルールです。」と述べています。一方、山崎元『「投資バカ」につける薬』
2006.8.16 http://otsu.seesaa.net/article/22402936.html
や、バートン・マルキール『ウォール街のランダム・ウォーカー』
2006.8.6 http://otsu.seesaa.net/article/21985368.html
では、ロスカット=損切りを否定しています。乙は、基本的に、ロスカットは有害だと思っています。
ところで、本書の p.74 に、損切りルールを持っている人よりも、下落相場でも淡々とドルコスト平均法で投資した人のほうが結果的にうまくいくような話が出てきます。荒川氏は、このことをどう考えているのでしょうか。乙は、本書の記述に問題がある(矛盾している)と思いました。
p.64 「実際に投資するときに注目するべきなのは、リターンではなく、「リスク」なのです。」ということで、リターンよりもリスクを考えて投資することを強調しています。このことが悪いわけではありませんが、こういう主張をするのだったら、本書のタイトル『着実に年10%儲ける〜』を変えるべきでしょう。『リスクを何%に減らす〜』とするべきではないでしょうか。今のタイトルは、明らかに「リターンが大事だ」と言っています。
p.67 標準偏差が違う二つのファンドのグラフが出てきます。しかし、曲線がまったく同じ形になっており、横軸の「幅=目盛り」が異なるように書かれています。間違いではありませんが、ミスリーディングです。こういうグラフを書くなら、横軸の幅をそろえて、一方が他方よりもとがった形の曲線になるように書くべきだと思います。
p.78 「一括投資の場合は、価格のブレが小さな商品のほうが「リスク」を抑えることができます。【中略】それに対して、積立投資の場合は、ある程度の価格のブレがある商品のほうが、大きな利益が得られる可能性があります。」と述べています。純粋に理論的に考えれば、この言い方は間違っていると思います。どちらがどちらでも同じことである(有利不利はない)はずです。しかし、現実的には、ドルコスト平均法がうまく機能することがあることからもわかるように、このような考え方も当てはまるかもしれません。著者は、単純に、理論的な考え方を示さずに、経験に基づいてこの主張をしているところが残念です。
p.99 1ドル=110 円のときに100万円を運用する話が出てきます。日本円では、金利 0.5% として、5年運用して 102.5 万円になりますが、米ドルでは、金利 4.5% で 9091 ドルを5年運用して 11,329 ドルになるとしています。そこで、15円の円高(1ドル=95円)になっても、円転して 107.6 万円で、7.6% のリターンが得られるとしています。この計算は間違いではありません。しかし、最近の円高は、1ドルが90円くらいです。87円台まで円高が進んだこともありましたっけ。ですから、金利の高い海外の通貨で長期投資を行うことで為替リスクが低減する(p.100)などということはありません。為替リスクは為替リスクとして厳に存在します。
p.112 ここで通貨分散を説いています。そして「せっかく世界中の様々な金融商品に分散投資を行なったとしても、それがすべて「円建て」で行なわれていては、本来その通貨が持っている金利の高さなどのメリットを享受することができないということになります。」と述べています。乙は、この考え方は間違っていると思います。
くわしくは、ブログ記事「投資先の分散と通貨の分散」
2007.2.23 http://otsu.seesaa.net/article/34452967.html
で述べたので、そちらを参照してください。結論として、株式投資の場合は円建てで世界の株に分散投資してかまわないのです。
pp.119-120 では、10万円のバッグをドル建てのクレジットカードで買う話が出てきます。円を米ドルに交換したときのレートが1ドル=100 円で、買い物をする日のレートが1ドル=125 円であれば、実際の出費は 20% も安くなったことになるとしています。このことは正しいのですが、話としては逆のこともあり得ます。円を米ドルに交換したときのレートが1ドル=125 円で、買い物をするときが1ドル=100 円という場合です。このときは損をするのです。そして、損をするか得をするかは、事前には何ともわかりません。得になる例だけ挙げて、こういうメリットがあると述べるのはあまりにも一方的です。
p.128 では、海外ファンドを勧めています。本書の基本的な主張です。本当に海外ファンドは株よりもいいのでしょうか。いろいろ考えるべきところがあるように思いますが、乙は、著者が言うほど単純な話ではないように思っています。(このあたりは考え方の問題です。)
p.200 では、30代の人のモデルポートフォリオが書いてあります。これこれのファンド(ヘッジファンドを含む海外ファンド)に何%ずつ投資すると良いというわけです。これで収益率が 18.41%、標準偏差が 5.21% になるとのことです。乙は、なぜ、このポートフォリオが 18.41% ものリターンになるのか、理解できませんでした。それぞれのファンドが高収益を挙げているからだとすれば、それは過去にそうであったというだけで、未来を約束するものではありません。だいたい、18% もの利益率がずっと続くと想定しているほうがおかしいのではないでしょうか。投資は、大まかに言って、数%程度のリターンが普通でしょう。18% も儲けることができるとすれば、それは市場平均を出し抜いているわけで、その分、他の人からリターンを収奪していることになります。そうしてはいけないとまでは言いませんが、自分はいつもそうできるという主張には、それは欲張りすぎではないかと感じてしまいます。
そんなわけで、本書の内容は期待はずれでした。他の人にも本書をオススメしないことにします。
ちなみに、荒川氏は『海外ファンドで資産を作ろう!』というメルマガ
http://www.mag2.com/m/0000121186.html
を発行しており、乙も講読していたのですが、講読をやめることにしました。
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