2009年01月27日

倉都康行(2008.7)『投資銀行バブルの終焉』日経BP社

 乙が読んだ本です。「サブプライム問題のメカニズム」という副題が付いています。
 この本も、本格的な株価の値下がりの前に書かれています(執筆時期は2008年4月とのこと)ので、内容的に古く感じる部分があります。
 奥付のところの著者紹介によると、著者の倉都氏は、東京銀行の香港、ロンドン支店で国際資本市場業務を担当し、チェースマンハッタン銀行のマネージングディレクターなども経験したとのことですから、いわば、投資銀行の業務を自ら経験してきた人ということになります。
 本書は、専門用語が解説なしで使われますから、ある程度金融の知識がある人を対象にして書かれた本ということになります。
 p.32 あたりで、投資銀行と商業銀行がどう違うかを説明しているくだりは参考になりました。同じく「銀行」と名乗っていても、両者はまったく別物です。
 その後、pp.199-200 では、商業銀行は公的資金投入などで再生できるけれども、投資銀行は新しいタイプの資本毀損なので、同じようにできるかどうか、疑問であるとしています。
 この2点は面白かったのですが、その途中の百数十ページの記述は、乙にとってかなり退屈に感じました。
 p.208 では、FRB の対応として、実態的に投資銀行(ベア・スターンズ)を救済対象とした以上、FRB が商業銀行だけでなく投資銀行をも規制対象にすべきだという議論が起きていると書いています。こうなると、投資銀行は投資銀行らしくなくなります。つまり、これが投資銀行の終焉ということです。
 p.211 では、新自由主義の考え方と投資銀行の関連を、サブプライム問題を例にしながら解説しています。なるほどと思いました。

 本書は、アメリカに多くある投資銀行がどんなものかを記述しています。しかし、参考文献が1冊もあげられていません。著者の見方・考え方が書いてありますが、それは著者自らの経験が中心となっているようです。なぜ著者がそのような見方をするようになったか、それを裏付ける「データ」に乏しいと感じました。したがって、著者の見方がどれだけ有効な議論なのか、わからないのです。
 音楽に見立てる章の構成は成功していないように思いました。名は体を表さずといったところでしょう。

 なお、細かいことですが、p.177 で「デジャブ」を「デ・ジャブ」と表記している点が気になりました。何ヵ所もありますので、ミスプリではなく、本人がそう思いこんでいるわけです。これは、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B4
にあるように、「デジャ・ブ」という切り方になります。フランス語の発音では「デジャ・ビュ」のほうが近いでしょうが。




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posted by 乙 at 05:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 投資関連本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この本をちゃんと読みこなせていませんね。書評になってないです。
Posted by at 2009年02月24日 22:57
 どなたか、名前がないのでわかりませんが、乙が本書を読みこなせていないというのはその通りでしょう。乙が本書がおもしろくないと感じているのは、ちゃんと理解していないからだともいえます。
 言い訳がましくなりますが、もともと、乙は書評を書こうとしているわけではなく、単なる感想文をつづっているだけですから、そういうつもりでご笑覧ください。
 そして、できれば、乙に本書をどう読めばいいか、正しい読み方をお教えください。

Posted by at 2009年02月25日 00:33
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