消費者庁は、こんにゃくゼリーの形・硬さに関して「法規制が必要だ」と判断しているとのことです。
このニュースは日本という国のおかしさを象徴しているように思えます。
確かに、こんにゃくゼリーで窒息事故があったのは事実です。だからといって、すぐに法律で規制するという発想が出てくるところがおかしいのです。
これを法律で規制するなら、同様に窒息事故を起こしやすい食品はすべて同じ規制をするべきです。最大の問題は「餅」です。こんにゃくゼリーよりもはるかに多くの人が口にしていると思われます。毎年、お正月過ぎには、全国各地でお年寄りが餅を喉に詰まらせた事故がニュースになります。なぜ、餅は法律で規制せずに、こんにゃくゼリーは規制するのでしょうか。
乙は、こういうものに規制は不要だと思います。食べ(させ)る人が自分で気をつければいいのです。喉に詰まらせやすいと思ったら、食べ(させ)なければいいのです。餅は、食べやすい大きさに自分で切って食べるでしょう。こんにゃくゼリーも同じことです。もっと小さく切って食べさせてもいいのです。そうしても誰も文句をいいません。
何でも法律で規制するというやり方は、人間一人ひとりの大事な「判断力」を奪うものになります。日本人は、国が決めたとおりに生活していればよく、自分で考えることは不要だとでもいうのでしょうか。
包丁で殺人事件が起こると、「包丁は各家庭におくな」とでもなるのでしょうか。家庭内のお風呂でおぼれる事故が起きると、水は危険だから各家庭に水道として配水するのを規制するのでしょうか。そんなことはありえません。包丁も水道も今まで通りがいいのです。
こんにゃくゼリーを包丁や水道にたとえるのが適当か、わかりませんが、今回の規制の話は乙には同じような話に聞こえます。
こうして日本は不自由な国になっていくのでしょうね。自由があるところに各企業や社会全体の発展の基礎があるのに、……。
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監督官庁は規制を設けておけば、
非難を逃れられ易いですから、
インセンティブが働くのは分かります。
問題は、自分の頭で考えようとせず、
何かあったら、何でもお上のせいにしたがる輩がいることだと思います。
国家はその国民にふさわしいものになる、そういうことではないか?と。
包丁も水道水も、その一般的な形状・提供形態以外でのそれらは想定し難く、形状・提供方法等について規制の余地は物理的にほとんど無いと思われる。
他方、コンニャクゼリーは、現在の一般的な形状等が唯一絶対の必然的なものとは思われず、工夫・改善の自由度は相当に大きいといえる。
したがって、包丁・水道の例を持ち出すことは適切とはいい難い。
2 憲法論について
確かに、当該法規制は、憲法で保障された企業経営の自由を制約するものといえる。しかし、人の生命身体の保護という目的の重要性に照らして、製品の形状等という営利的自由につき一定の規制を設けるという手段には合理性・相当性があるといえ違憲といい難い。
3 規制の質と民度との関係について
仮に、当該規制の撤廃等を国民が望むのであれば、有権者は投票行動を通じて立法府に対しその是正を迫ればよい。「40歳無職」氏のコメントの通り、つまるところ、その国の法制度・規制の質は、民度を反映しているに過ぎないといえよう。
餅の場合は、食べてのどに詰まらせれば死ぬのは日本人の9割9分わかっている・・・それでも死んでしまう人がいるというのに対し、こんにゃくゼリーとかいう餅に比べたら相当歴史の浅い、しかも「ゼリー」などというやわらかそうな名前のついた食べ物を、吸い込んだら詰まって死んでしまったというのでは、やはり事故の性質が違うのだと思います。
非常にのどに詰まりやすい危険な食べ物であるという認識が、餅に比べたらまだまだ不足しているという事もあっての「法規制検討」でしょうか。
「こんにゃく餅」とかいう名前ならまだましだったのかもしれません。