副題につられて読むことにしたのですが、一読した結果、この本は他の人におすすめできないと思いました。国際金融のトップたちがこの本に書いてあるようなことを考えているとは、とうてい思えません。
あえていえば、過去数年間で乙が読んだ本の中でも最悪の部類に入るかもしれません。(失礼な言い方で恐縮です。)これは著者が悪いのではなく、こういう著者に話を持っていった(あるいは著者から持ち込まれた企画をきちんと評価することができなかった)出版社(の編集部)の問題でしょう。
まずは全体に関わる問題点について述べましょう。
第1に、参考文献が一つもあげられておらず、図表が1枚もありません。それどころか、西暦の暦年表示や日経平均株価、GDP 以外には、まったく数字が出てきません。著者が何に基づいて話を進めているのか、ぜんぜんわかりません。本書中にはさまざまな「予測」が出てきますが、それらは「勝手なたわごと」にすぎません。「勝手なたわごと」でないということを主張するためには、なぜそのようなことがいえるのか、その「根拠」が必要です。乙は、一般にそういうものが図表で示されることを好みますが、別にそれにこだわるつもりもありません。しかし、本書中の記述では、「何かに基づいて議論をすすめる」という態度がまったく見られません。著者紹介によれば、著者は立命館大学経済学部卒業とのことですが、乙は、まるで著者は卒業論文を書いたことがないかのように思えました。
第2に、用語に関する著者の勘違いが目に付きます。一義的には著者の責任ですが、編集者がきちんと原稿を読んでいないという点で、編集者(および出版社)の責任も大きいと思います。
たとえば、「大鑑巨砲主義」(正しくは「大艦巨砲主義」)があります。p.27, p.28, p.32, p.42, p.156 に現れます。5ヶ所に現れるということは、ミスプリではなく、本人の間違った思いこみです。
さらには「マニュフェスト」(正しくは「マニフェスト」イタリア語 manifesto)があります。p.159 および p.168 に使われます。p.168 では、節の題名に使われ、したがって、目次にも現れています。
ミスプリも当然あります。p.83 では、「1ドル50円〜60年を目指すようなドル安」がゴチックで現れます。こんなところのミスプリは目立ちます。
さて、以下では、個々の問題点について述べましょう。
p.2 の「まえがき」では、「本書では、【中略】「独自の人脈」「独自の情報網」「独自の分析」を活かした2010年から2011年にかけての経済シナリオを紹介していきます。単なる予測ではなく、「独自の人脈」「独自の情報網」「独自の分析」から得た確度の高いシナリオになります。」とあります。2回も同じ語句が繰り返され、そこがゴチックになって強調されています。
「独自の人脈」はどういうものなのでしょうか。もしも、本当に著者独自の人脈があるなら、その当該人物の交際範囲はきわめて狭いものになるでしょう。さもないと「独自」の人脈ではなくなってしまいます。端的に言えば、当該人物は著者だけに接するような人です。でも、他の人といっさい接触しないような「重要人物」がいるでしょうか。そんな人が本当に「重要人物」でしょうか。
逆に、さまざまな人と接する人がいれば、著者のいう「独自の人脈」ではなくなってしまいます。
以上のことにより、「独自の人脈」ということ自体、矛盾を内包しているといえます。
「独自の情報網」も「独自の人脈」と同じように矛盾する概念です。
「独自の分析」はありえます。しかし本書中には「分析」といえるようなものは何一つ書かれていません。データが何もない場合に、何をどう分析できるのでしょうか。
ところで、なぜ著者は本を書くことになるのでしょうか。「本当に確度が高い予測」ができる場合は、こんな本を書くのではなく、その予測を活かした大儲けをねらうべきで、その手段は、証券会社や投資銀行を渡り歩いた著者ならば熟知しているでしょう。そういうことをせずに、こんな本を書いているのはきわめて不合理です。
p.4 では、こんな話が出てきます。2010年の初頭に言及して「もしかすると年初に大雪が降るかもしれません。逆に異常に暖かいお正月を迎えるかもしれません。年頭の天候異変は“大きな変化”の前ぶれになるというのが歴史の法則です。」ここでいう「大きな変化」は、政治的な、あるいは経済的な変化のことです。著者がまじめにこれを信じているならば、もうこの先を読む必要がないレベルの発言です。信じていないならば、こんな不用意なことを著書中に(たとえ「まえがき」であっても)書くべきではありません。
pp.55-56 では、3年くらいを周期にして相場のサイクルがあるとし、以下のように述べます。「警戒ポイントのひとつめは、2010年の夏から秋にかけての時期です。【中略】2つめは、2011年の春です。【中略】私は、その時期に「2番底」がやってくる公算はきわめて高いと見ています。」第2章のタイトルは「2番底は必ず来る!」ですが、その根拠は相場のサイクルだけのようです。
p.94 では算命学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%97%E5%91%BD%E5%AD%A6
が出てきます。p.105, p.106, p.117, p.151 にも出てきますので、著者は本当に信じているようです。こういう本は珍しいものです。
p.120 では、2010年にアジアG5、G7 のような動きが起こってくると予想しています。
p.141 では、「民主党政権に対する国民の支持率は、向こう4年間、相当に高い状態がつづくのではないか」としています。本書が書かれたのは2009年の9月頃でしょうが、そのころの雰囲気ではさもありなんでしょうね。しかし、民主党政権支持率のその後の急激な変化は著者の予想を大きく超えるものでした。
p.141 では、著者のいう楽観シナリオと悲観シナリオを比べて「私は、おそらく楽観シナリオに近い方向に進む、と予測しているのです。」と書いています。楽観シナリオでは、p.137 にあるように「2020年までに在日米軍が撤退する」のだそうです。乙は、これはないと予想します。
p.168 以降では、鳩山首相の「2020年までにCO2を25%削減」という宣言を高く評価し、日本が大きく変わるだろうと述べています。乙は、それはないだろうと予想します。そもそもCO2削減案の世界的合意が無理である上に、もしも合意ができたとしても、日本の 25% 削減も非常に困難で、排出権取引という形で日本は外国に金を配るだけになるだろうと予想します。
他にもいろいろとメモを取ったのですが、長くなるので、このあたりでやめておきます。ここまでに示した部分だけでも本書の内容が類推できるのではないでしょうか。
この本を読んで、自分の時間を損したとは思いません。
反面教師も存在意義はあるものです。
本書のどこが問題かを考えることは、自分の考え方を形作っていく上で意義のあるものと思います。
本書は 2009年11月の刊行ですが、2010年夏の時点で、もう賞味期限が切れてしまいました。もともとその程度の本でしかなかったということです。
ラベル:菅下清廣
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