著者の加藤氏は、野村證券株式会社執行役であり、金融経済研究所金融工学研究センター長でもあります。そこで、本書中には、金融工学研究センターが作成した図表類がふんだんに使われ、個人のファイナンシャル・プランナーが書いた本とはだいぶ違った様相を示します。
この本は、投資のプロ=機関投資家(年金基金など)の資産運用手法をベースにして、個人投資家の中長期的な資産運用の方法について解説したものです。その意味で、スタンダードなやり方であり、失敗しないやり方とも言えるでしょう。乙はおもしろく読みました。
p.80 では、資産クラスを分類しています。まず、リスク資産と安全資産に分け、リスク資産を国内株式、国内債券、外国株式、外国債券、オルタナティブに5分しています。ここでオルタナティブが登場してくるあたり、資産運用の現状をよく反映しています。
p.86 では、国内株式、国内債券、外国株式、外国債券、短期資産の5クラスのリターンとリスクをグラフで表示しています。こういう資料は大変おもしろいです。基になったのは p.49 にあるデータですが、20年から35年程度を通算した結果とのこと。そこでは、年率リターンを、短期金利 4.56%、国内債券 6.62%、国内株式 8.80%、外国債券 6.08%、外国株式 9.11%、そしてインフレ率を 3.28% としています。今の日本の低金利を基準に考えると、とてもじゃないけれど考えられないリターンです。でも、一般論でいえば、このくらいの数字が達成されるんですね。
問題は、過去数十年間ではこうだったけれども、これが今後も続くのかということです。それは、日本の異常な低金利がいつ解除されるかということとも絡みます。乙の予想では、低金利はそう簡単に解除されないのではないかと思います。だって、金利が 4% とかになったら、国債や借入金などの合計額 827 兆円(2006年3月末現在、財務省)
出典=http://www.mof.go.jp/gbb/1803.htm
の利息が33兆円にもなってしまうので、日本の税収入だけでは払いきれなくなるからです。
ということで、日本の低金利が続くとすると、本書のリターンの数字も(国内のところは)あてにならないのではないかと思います。
p.89 では、いろいろなヘッジファンドの運用戦略ごとのリスク/リターンのグラフを載せています。1994年から2004年の結果だそうですが、これも大変おもしろいです。ショート・セリングだけがマイナスで、あとはだいたい 11% 程度のリターンを達成しています。ヘッジファンド全体のリスクは 8% 程度であり、乙が思っていたほど高くありませんでした。ただし、もしかして、多数のヘッジファンドを平均したために一見リスクが小さくなっているように見えるだけかもしれませんが。
p.102 には、日本の企業年金の資産配分のグラフが出ています。国内債券 22%、国内株式 27%、外国債券 12%、外国株式 17%、一般勘定 8%、その他 7%、短期資産 7%ということです。乙の印象では、国内資産が多いんだなあと思いました。加藤氏は、特にこのアセットアロケーションを個人にも勧めているわけではありません。あくまで、参考のために示すということです。確かに、個人投資家と比べれば、機関投資家は運用額がはるかに大きく、また期間もはるかに長くなります。限られた資金を限られた期間(たとえば15年)運用する個人では、考え方も違ってくると思います。
pp.109-120 では、コアポートフォリオ(資産運用の中心)としてパッシブ運用を用い、サテライトポートフォリオ(資産運用の一部)としてアクティブ運用を導入する考え方が解説されます。乙は、今までいろいろ試行錯誤してきましたが、どうもこの考え方が一番いいようだと考えるようになってきました。この考え方は、朝倉智也(2006.3)『投資信託選びでいちばん知りたいこと』ランダムハウス講談社
http://otsu.seesaa.net/article/17479870.html
でも説明されています。
pp.153-154 では、長期的な資産配分「戦略的資産配分=SAA=Strategic Asset Allocation」とは別に、それをちょっとだけ(短期的に)変更する「戦術的資産配分=TAA=Tactical Asset Allocation」という考え方が示されます。これは、資産配分のリバランスとは違った考え方であり、ちょっとした遊びのようなものだと理解しました。加藤氏は資産配分の数%程度の変更を想定しているようです。
第12章(pp.155-166)では、人生設計が大事だとといています。それによってリスクが取れるかどうかが決まるからです。また、p.183 では、なぜ利食いは早く損切りは遅くなるかを行動ファイナンス理論から説明しています。このような話題の広がりは、とても有意義です。
ところで、この本が想定している個人資産家は、運用資産いくらくらいの人なのでしょうか。pp.14-15 の年金や退職金の記述を見てみると、数千万円程度を想定しているようです。実際、この本の記述はそれくらいの資産で実行可能だと思います。その意味で、本書は多くの人に読まれてもいいのではないでしょうか。
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