この本の趣旨は簡単です。株価には、上がったり下がったりするパターンがあるから、それにしたがって、下がったときに株を買い、上がったところでそれを売れば、簡単に儲かるということです。
全5章のうちの第2章「これはオススメ! 「パターン買い」銘柄 55」が本の大半を占め、そこで、個別の銘柄を挙げてこういう株をこういう値段で買い、こういう値段で売ればいいと書いてあります。
今や、出版後1年半以上がすぎ、充分検証ができるようになりました。さっそくそれぞれの株価の推移を見てみましょう。仮に 2004年12月にこの本を買ったとして、それにしたがって株の売買をしたとしてみましょう。(ネットで適当な株価のグラフを見ながら、以下をお読みください。)
2108 日本甜菜精糖 160 円で買って 210 円で売る
結果×:160 円に下がることはなかった。
2109 新三井製糖 180 円で買って 260 円で売る
結果×:180 円に下がることはなかった。
2533 オエノンH 200 円で買って 330 円で売る
結果×:200 円に下がることはなかった。
2694 平禄(現在はジー・テイスト) 500 円で買って 550 円で売る
(2005.11 1→2に株式分割)
結果×:500 円に下がることはなかった。
2005年8月までは鳴かず飛ばずであり、その後、2倍程度に急騰した。
2801 キッコーマン 700 円で買って 900 円で売る
結果×:700 円に下がることはなかった。
2802 味の素 1100 円で買って 1400 円で売る
結果○:2005年8月1日に 1100 円を割り、2006年4月に1400 円を越えた
2873 加ト吉 1500 円で買って 2700 円で売る(2005.5 1→3に株式分割)
結果×:1500 円(分割後 500 円)に下がることはなかった。
2897 日清食品 2200 円で買って 3000 円で売る
結果×:2200 円に下がることはなかった。
3404 三菱レイヨン 270 円で買って 300 円で売る
結果×:270 円に下がることはなかった。
3861 王子製紙 500 円で買って 700 円で売る
結果×:500 円に下がることはなかった。
3864 三菱製紙 100 円で買って 200 円で売る
結果×:100 円に下がることはなかった。
4010 三菱化学 (データなし)
2005年10月、三菱ケミカルホールディングスに統合される
4062 イビデン 1300 円で買って 2300 円で売る
結果×:1300 円に下がることはなかった。
4063 信越化学工業 3500 円で押し目買い
結果×:3500 円に下がることはなかった。
もう、疲れたので、やめます。本書中に掲載された全銘柄55のうち、はじめの 1/4 程度を見ただけです。しかし、結論は出ました。龍崎氏の主張するパターン買いは、まったく成績を残せませんでした。龍崎氏が自分の書いた本に従って株の売買をしていたら、まったく儲けられなかったはずです。パターン買いの考え方は、実際のデータに当てはめてみると、全然あてはまらないことが明らかになりました。
なぜ、パターン買いはあたらないのか。
基本的に、パターン買いはチャートによる手法であり、テクニカル分析の1種と考えられます。そして、テクニカル分析は、基本的に、いい成績が残せません。したがって、はじめからこの種の著書は検討する必要もありません。(しかし、乙は、そういうこともわからずに、2005年のはじめころにこんな本を買って読んでいたのでした。)
ま、しかし、そう言ってしまっては身も蓋もないので、龍崎氏がどういうところで間違えたのか、そこを考えてみましょう。
一番大きな問題は、過去の株価の変動は未来を予測させるものではないということです。パターン買いは、過去十数年の株価の変動を見て、上がったり下がったりする株を発見することが必要です。ということは、日本の株価が行きつ戻りつしているときには、もしかすると、このパターン買いに当てはまる銘柄を探すことができるかもしれませんが、そうでないときは、この考え方はまったくダメになってしまいます。結果的とはいえ、2005年の後半には日本株の株価が大幅に上昇しました。この時点でパターン買いの前提が崩れてしまったのです。
次に、龍崎氏が推薦する個別銘柄の買値(これから買うべき価格)と売値(買ったものを売るべき価格)が、上の一覧表でもわかるように、あまり開いていません。株価の上下のパターンがあるといっても、ごくわずかの差しかありません。しかし、株価はもともと上下が激しいものであり、その中では、このような1割くらいの株価の変動は偶然でいくらでも起こりうるのです。つまり、偶然起こった株価の上下の変動の中に龍崎氏は規則的なパターンを見つけてしまったのです。
また、龍崎氏のいうパターン買いは、ごくわずかのリターンを狙う形になっています。上に示した買値と売値の差(利幅)を見てください。利幅が小さい銘柄が多いです。時期を選べば、個別銘柄の株価が2倍〜3倍になってもふしぎはないわけですが、そういう流れを考えず、小幅な儲けを狙おうとしたところにそもそも基本的な方針の誤りがあったといえるでしょう。こう考えると、パターン買いは、デイトレードと同様の手法と言えると思います。
龍崎氏は、日本株の大きな方向性を考えることなく、十数年続いてきたことが今後も続くはずだという前提で株価データを見ていったのでしょう。ここがそもそもの間違いでした。2005年(以降)は、それまでの「パターン」とはまったく違った株価パターンを描いたのです。パターン買いは、そのような株価の特性を無視して提案されたものです。大局的に見れば、こういう考え方が有効であるわけがありません。
そもそも、パターンがあるはずだという思いこみを持って株価のデータを見ていけば、多数の銘柄を調べるうちにそれらしきものが見えると思います。この本に掲載された株価のチャートを見ると、買う時期と売る時期に○が付いています。しかし、それは、株価の変動が終わった後に振り返って考えればそうなるということであって、変化のまっただ中にいるときに、売買の判断がチャートでできるとは思えません。
火星に運河はありませんが、地上からの望遠鏡で火星の観察を続けていたローウェルは、火星の表面に規則的なパターンを「発見」し、それを「運河」と呼びました。乙が思うに、龍崎氏も、同様の経験をしたのでしょう。本来、株価の変動にはパターンなんてあるわけないのに、それを「発見」してしまったのです。しかも、全部の株価データを見る必要はなく、それが当てはまる(ように見える)ごく一部の株(数千社中の数十社)だけ抽出できれば、そのパターンは強固なものとして描き出せます。あとは、なぜそのようなパターンがあるかをもっともらしく説明すれば一丁上がりです。
今でも、数千社の株価データを丹念に見ていって、パターン買いのための株を選定すれば、それはそれでできるでしょう。銘柄は龍崎氏の挙げたものとまったく別でしょうが、ある条件に当てはまる株は、確かに存在するのです。それだけを見ていて、今後もそのパターンが続くのだと推測すれば、同様の趣旨の本が1冊書けます。でも、それってウソです。今後の株価の変動(パターン)をあてることは誰にもできません。
乙が推測するに、龍崎氏は直観的に(あるいは何らかの理由で)「パターン買い」が有効だと思い至り、数千社の株価のチャートの中からそれを立証するために都合のいいチャートを選んでいったのです。
巻末の経歴を見ると、龍崎氏は外資系を数社渡り歩き、株式のディーラーやエクイティ・デリバティブ・セールスなどを経験したとのことです。龍崎氏は明らかに株式のプロです。プロといえどもこの程度のことしか考えていないということを知り、乙は嘆かわしく思いました。
乙は、昔の(といってもそんなに古くはありませんが)本を本棚から引っ張り出して読むのが好きです。この本も、大変いい勉強になりました。
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