第1章は「成田発香港便」で、実際に現金を運んでいる人を取材しています。夫人と二人でバッグに500万円ずつ詰めて運んでいるような人ですから、普通のサラリーマンではありません。普通のサラリーマンなら、年収は数百万円のオーダーでしょうから、1000万円の現金を目にするようなことはなかなかないものです。
p.28 では、普通のOLが香港の銀行に口座開設する話が出てきます。口座を開設するのは個人の考えですから、他人がどうこういうことは慎むべきですが、「普通のOL」ならば、わざわざ海外に持ち出すほどの現金を持っていることもないのではないかと思います。安易な気持ちで口座を開設しても、有効に活用できるのか、乙は心配になります。
第2章は「震災大不況」で、3.11 の震災の後外資金融が東京を逃げ出したことを描いています。中でも、p.53 で、菅首相(当時)が浜岡原発の全面停止を要請したことを日本人の多くが評価していることをとりあげ、これに対して外国人投資家、そして日本人投資家も驚いていることが書いてあります。原発を停止して天然ガスを何十億ドルも購入して、電気料金を上げ、税金も上げるというやり方は、どうにもおかしいとしています。こんなことが積み重なって、外国人投資家も、日本人投資家も、日本を見限ってしまうのですね。
p.56 から、歴史のアナロジーとして18世紀のポルトガルの例を引き、1755年のリスボン大震災で大きな被害が出てしまい、その後、街は復興したものの、産業は戻らなかったことを記述しています。今の日本と実によく似ています。
第3章「海外投資セミナー」では、日本国内でさまざまな海外投資セミナーが開かれていることを書いています。ここでの「海外投資」は、海外に投資することではなく、(それを含みますが)海外で投資することです。
第4章「さよならニッポン」では、富裕層が日本を捨て永遠のトラベラーになることを書いています。まあ日本の制度を見ていると、それはそれでしかたがないかもと思います。
第5章「富裕層の海外生活」では、海外の富裕層を取材して書いていますが、あまりたくさん実例にあたっているわけでもないようで、やや迫力に欠けます。
第6章「税務当局との攻防」では、武富士裁判や『ハリポタ』翻訳家の申告漏れ事件を取り上げ、オフショアが発展している様を描きます。
第7章「金融ガラパゴス」では、日本のおかしな制度を指摘しています。
第8章「愚民化教育」では、日本の教育全般の批判です。英語教育が特にやり玉に挙げられています。
第9章「愛国心との狭間で」では、日本の税制などの不備を指摘するものです。
全体として、まあよく書けていると思います。
しかし、著者がいう「資産フライト」は、富裕層を念頭に置いているようです。一般のサラリーマンにはあてはまらないような話がたくさんあります。ただし、そういう富裕層なら、こんな本を読まなくても、実務的な相談相手がいることでしょう。となると、本書はいったいどんな読者を想定して書かれたのでしょうか。そう考えてみると、著者の立ち位置がだんだんわからなくなってきました。
巻末の著者紹介を見て、すこしわかるような気がしました。著者は、光文社で雑誌や本の編集を手掛けてきた人です。一応関係者に取材して書いています。しかし、どうにも突っ込みが足りないような印象を受けます。なぜかといえば、著者が自分自身で投資をしていないからでしょう。経済学や金融などの知識もあやしいものです。乙の読後感では、不満が残る内容でした。
週刊誌を読んでいるようなものだと思えば「不満」はないものと思います。
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