乙が本棚を整理していたら、出て来た本で、そういえば、ちょっと前にこういう本を読んだことを思い出しました。せっかくですので、再度読んでみました。
結論からいうと、この本はおすすめではありません。
p.45 には、「テクニカル分析が私の専門分野である」と述べています。乙は、テクニカル分析を基本的に信用していないので、この本を読む必要はないと思いました。
p.111 には、「ファンダメンタルズを知らなくとも、トレンドに乗ってさえいれば儲かるのというのが、株式投資の本質なのです。」とあり、田中氏はまさに株価のチャートだけでやっていけると信じているようすがうかがえます。
で、株価チャートの例をあちこちに出し、その読み方を述べています。しかし、それは乙にはまったく支離滅裂としか思えません。
たとえば、p.136 では、出来高が急増した場合は株価に関して6つの原則があるという話が出てきます。
@出来高のピークと株価の天井が一致
A出来高のピークを迎えてから10日前後で株価が天井をつける
B出来高のピークと株価の底が一致
C出来高のピークを迎えてから10日前後で株価が底をつける
D出来高がピークを迎えてから、上昇が加速する
E出来高がピークを迎えてから、下落が加速する
乙の考えでは、これらは原則でも何でもありません。規則性も何もありません。実際、どれかには当てはまるでしょう。だって、そもそも出来高だって毎日増えたり減ったりしているのですから、どこがピークかもわからないし、10日もみれば、それはどこかが株価の(小さな)天井か底になるでしょう。
こういう分析をする場合、たとえば、出来高がピークを迎えた例を100から1000例くらい見つけ出し、6つのそれぞれに当てはまる例がいくつあったかを数えて示すならば、意味があるかもしれません。しかし、そういうことはしていません。
テクニカル分析の大部分は、(田中氏に限らず)適当な株価のチャートを引用し、補助線を引いて、「ここをみよ」と矢印を書き込み、これこれの形になったら、これこれの傾向になるという述べ方をします。しかし、こういうのは規則でも何でもありません。こういう「例示主義」では、規則になりません。もしも、そういう規則を述べようとするなら、そのような形になった例を多数例抽出し、それぞれがその後どうなったかを数え、こういう傾向が何割あったということを量的データで示さなければなりません。
そういうことをして、たとえば、まあ、8割に当てはまる規則があったら、乙は信用します。
どうですか。
本書を一読して、このような多数例による検証がまったくされず、自分の都合のいいチャートだけを示すことで規則性(らしきもの)を述べていますが、そういうのは無意味です。それが規則性であることは著者が証明するべきことです。証明のしかたは上に書いたとおりです。簡単でしょう? 今は、コンピュータが使えるんですから、しかじかの株価チャートの形(きちんと定義しなければなりませんが)になるものを抜き出せと命令すれば数万例を抜き出すことはあっという間にできます。このようにするのは、人間の目でチャートを見ながら抜き出すよりも客観的で優れています。人間がチャートを見ていくのでは、どうしてもその後の推移まで目に入ってしまいますから、不適切であり、ある時点までのデータで判断するためには、コンピュータで処理する方が絶対に優れています。
ちなみに、こういう集計や分析は、経済学分野の研究でいろいろやられていることであり、その結果、テクニカル分析は有効でないと結論づけされているのですから、実は、分析する必要はないのですが、自説で儲かると本当に考える人がいたら、自力でそういう手順を踏んで自説を証明するべきです。結果を本に書いて他人に知らせる必要はありません。自分でこっそりとその原則を適用して大儲けしてください。
ところで、この本では驚くべき主張が展開されます。p.32 「予想をしてはいけない!」というのです。p.39 では「本当に、予想をしてはいけない!」と再度強調されます。まあ、これはこれで一つの態度ですが、では、予想せずにどうするのか。回答の一例が p.66 「トレンドに逆らわないこと」です。おや? これって「トレンドがこれからしばらく続く」と予想しているんじゃありませんか? 本当に「予想してはいけない!」ならば、トレンドに乗るなんてことは考えられないはずです。著者の田中氏は、二つの主張が矛盾していることに気が付いていないようです。
こういう本ですから、乙は本書を読まないほうがいいだろうと思います。どういう間違いが書いてあるかを楽しむために読むことを否定はしませんが。
なお、田中氏のブログがあります。
http://tanaka-yoshihiro.ameblo.jp/
これを利用してメールも送れるようなので、乙からこの記事を書いたことをお知らせしておきましょう。強烈な反論が(コメント欄で)返ってくることを期待しています。
2006.12.13 追記
田中勝博(2004.12)『2005年 マネー大予測』東洋経済新報社
について
http://otsu.seesaa.net/article/29525783.html
に書きました。同じ著者によるもので、この記事と関連しています。
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