一読しましたが、本書は他人に勧めようとは思えません。はっきりいえばかなりひどい本だと思います。
何ヵ所か、読んでも意味が通らないところがあります。これらは、第一義的には著者の責任ですが、この本を担当した編集者の責任でもあると思います。編集者がちゃんと読んでいないとしか思えません。
(1)p.96 「日本国債の国際的な評価」と題したところですが、書き出しから5行ほど引用します。原文にはありませんが、各文に[]で番号を付けます。
[1] 前述したように、日本にも格付け会社はある。[2] R&I(格付け投資情報センター)とJCR(日本格付け研究所)である。[3] この2つの格付け会社は日本の企業だが、両者とも格付けはムーディーズの評価を借りれば、いずれもトリプルAである。[4] 当然といえば当然で、日本の格付け会社が日本の行政当局、特に日本最大の権力を持つ財務省の管轄下にあれば、トリプルAをつけないほうがおかしい。
これでは、そのまま素直に読んで意味が取れる人などいないでしょう。[1]と[2]は意味がわかりますが、[3] はムーディーズが二つの会社をトリプルAと格付けしているようにしか読めません。太田氏は、実は、二つの会社が日本国債をトリプルAと評価しているといいたいのですが、「日本国債」という大事なキーワードが落ちているのです。「ムーディーズの評価を借りれば」というのは、「ムーディーズ式の評価語で表せば」ということなのです。[4] も「日本国債に」が落ちています。
(2)p.102 段落の初めから数行引用します。原文にはありませんが、各文に[]で番号を付けます。
[1] 確かにアメリカも国債の依存度は大きいが、日本のように全財政支出の 50% 近くしか税収のない国とは違う。[2] また、日本のようにあらゆる面で税金をかけ、実質税負担は直接税のほかに行政コストがべらぼうに高い。[3] 国民が他の国なら無料のはずの道路、橋梁などの国民負担、あるいは輸出入の行政手続の費用などを見ると不合理だと思われるぐらいのコスト負担を強いられる。
これまた意味不明です。[1] はアメリカについて論じています。アメリカが主題です。だから、[2] や [3] もアメリカの話かと思って読んでいくと、実は日本の話になっています。こんなねじれた文章を書いてはいけません。悪文の見本です。
(3)p.169 1行目から3行目の引用です。
団塊世代は通常47年、48年、49年の3年間に長かった戦争が終わり、平和の配当として結婚ブームが起こり、そこで生まれた人たちが770万人を超えた。
「団塊世代は」はどこに係っていくのでしょう。「通常」はどこに係っていくのでしょう。「47年、48年、49年の3年間に」はどこに係っていくのでしょう。まるで日本語の体を為していません。
(4)p.213 最後の1文字から p.214 の6行目までの引用です。原文にはありませんが、各文に[]で番号を付けます。
[1] アメリカは人種を問わないと、いくらいっても日本はアメリカと一時は戦争で対決した国でもあり、経済的にも地政学的にも仮想敵国である。[2] 今も経済戦争の末期とはいえ、確実に属国化の方向に進んでいる。[3] 再び経済戦争に敗れ、今まで以上にアメリカの属国化するのか、あるいは成長著しく、しかも軍事的にも技術的な蓄積を行い、また一方で数千年という歴史的な背景も考えると中国は今後日本の前にはだかる壁になるのか、それとも中国の意を受けて一体化していくのか気になる。
[1] は句読点の位置がおかしく、意味が読み取りにくいです。[2] は、主語などを補うべきです。[3] では、いくつかの内容を一文に詰め込んでいるため、主張がはっきりしません。「成長著しく」は日本のことなのか、中国のことなのか、わかりません。「一体化」は何と何の一体化なのでしょう。日本と中国でしょうか。
考え方も変です。「仮想敵国」と「属国」は、まるで意味が違い、両立しないと思われます。日本が中国と一体化することと、日本がアメリカの属国化することも両立しません。
[1] と [2] は、次のように直せば、いくらかは読みやすくなるでしょう。
アメリカがいくら人種を問わないといっても、日本は、アメリカと一時は戦争で対決した国でもあり、経済的にも地政学的にもアメリカの仮想敵国である。今も経済戦争の末期とはいえ、日本は確実にアメリカの属国化の方向に進んでいる。
しかし、[3] は直しようがありません。
(5)p.260 最後から2行目から1段落(1文)を引用します。
海外に出るのをためらう人がいるが、もう資産の運用は海外で、また医療の世界でも、最先端のものは中国、台湾、タイ、などの国々では日本よりも進んでいる分野もたくさんあり、日本では利権構造のなかで許されていない先端医療技術、医薬などでは完全に海外のほうが費用も安く、先端医療が受けられる時代である。
「もう資産の運用は海外で、」はどこに係っていくのでしょう。「最先端のものは」はどこに係っていくのでしょう。1文中に「医療」と「先端」が各3回現れます。文章の推敲が不十分としか思えません。
内容面でも、おかしいと思えるところがいろいろあります。ほんのいくつかだけコメントします。
(6)pp.54-56 で通貨分散を説いていますが、次のような言い方をしています。
これ(乙注:ドルと円の暴落)を回避するには通貨変動のない通貨への移転、通貨変動の少ない国の金融機関に資金移動、あるいは通貨変動要因を組み込み、ヘッジしている本当の意味でのヘッジファンド、貴金属への投資、途上国へのその国建ての通貨で株式投資をする。あるいは金利が高いが将来金利の低下が見込まれるシングルA以上の国の国債を購入するなどがある。
乙には、このような言い方が気になりました。「通貨変動のない通貨」なんてあるのでしょうか。日本人にとっては「円」しかありえません。「通貨変動の少ない国」はどこでしょうか。そんなのもありません。変動相場制の下では、通貨変動は避けられません。「途上国へのその国建ての通貨での株式投資」などは、一般人がそう簡単にできるはずはありません。途上国といっても、まさか1ヵ国ではないでしょう。仮に数ヵ国としても、それぞれに口座開設し、円から両替し、送金し、株式投資するというのは、けっこうな手間です。特に現地通貨への両替はむずかしいと思います。それぞれの国でことばの壁があります。しかも、途上国の株価はボラティリティが高いのが当たり前です。「将来金利の低下が見込まれる」などといって、(外国の)金利の予想がそんなに簡単にできるものでしょうか。
(7)p.135 金本位制の復活を予想しています。乙は、まったく賛成できません。金本位制は、通貨の裏付けとしてゴールドがあるというだけの話で、実生活にはほとんど意味はありません。現在の世界は、そういう裏付けのない資金の流通によって膨大な信用創造を行って、経済活動が行われているわけです。
p.136 では、日本が(外国と比べて)ゴールドを持っていないからという理由で、民間のわれわれがゴールドを所有しようと主張していますが、話が飛躍しすぎです。
(8)pp.202-203 太田氏は元本確保型のファンドを勧めています。外貨建てのものです。これまた変だと思います。元本が確保されているといっても、それはあくまでその通貨で考えた場合の話であって、円で考えれば、全然元本は確保されていません。
(9)pp.233-234 では、危険なヘッジファンドを判断する7つのポイントをあげています。もっともな話ですが、ここに書かれているようなチェック(たとえば4.ファンドの発行体が信頼できるものか)が実際にできる人がいるでしょうか。
(10)p.236 で、太田氏は再び元本確保型のヘッジファンドに言及し、それを勧めています。なぜ、こんなに元本確保型にこだわるのか、このページを読むとわかります。「英語力のある人はインターネットで探してもいいし、あるいはフォーテル経済研究会の会員になって、それらの情報を得てもいいだろう。」なるほど、この研究会に誘導することがこの本の目的だったんですね。フォーテル経済研究会というのは太田晴雄氏が主催する組織で、香港で定期的に金融セミナーなどを開催しているようです。
http://www.okane-navi.co.jp/keizai/top.htm
(11)p.251 「モルガンスタンレーが BRICS と名づけた」と書いてあります。正しくはゴールドマン・サックスです。また、普通は BRICs と「s」を小文字で書きます。
本書は、263ページに及ぶかなり厚い本ですが、表やグラフがほとんど出てきません。参考文献も1冊もあげられていません。著者の意見が書き連ねられていますが、その裏付けとなる数値をもっとはっきり示した方がいいでしょう。現在の書き方では、ほとんど信用されないと思います。
乙としては、太田氏の書いた本を読む気はなくなりました。以前にも、『預金封鎖』を取り上げたことがあるのですが、……。
2006.7.4 http://otsu.seesaa.net/article/20241104.html
太田氏は、すでに亡くなったそうです。今後はもう太田氏の新刊書が出ることはないということですね。
ラベル:太田晴雄
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表題の本ですが、通常ならば他のライターか編プロがゲラの段階でチェックを入れるので、これはこういう文章のスタイルであるように思います。支離滅裂な理論で煙に巻きながら危機感をあおるがごとき、新興宗教や悪徳商法と同じ手段ですよ。